高校物理における数学の扱いについて

2004年8月5日 松野聖史

【要旨】
 平成16年度 全国理科教育大会 研究協議 第1分科会「新しい発想の物理教育」に意見提示として参加した。その提示内容から発展して議論になったものが「高校物理においての微分積分の扱い方」であり、そこから発展し、数学と物理学の関係について考えてみた。
【キーワード】
 高校 物理 数学 微分 積分 ベクトル 内積 外積 弧度法

 今年度の全国理科教育大会の奈良大会に、意見提示で「松野君、若いので行ってらっしゃ〜い!」てなノリで、参加した。県ではリサーチ研修という扱いになり、「研修」としてとても有意義だった。
 意見提示内容は主題が「新しい発想の物理教育」で僕のタイトルは「生徒の実態の把握による脱教科書&脱問題集宣言!」である。物理を教えてゆくうえで、系統だった扱い方が非常に重要であることを元に、現在のカリキュラムの問題点や、生徒の"勉強"="暗記"の誤解を解くための方法などを提示した。
 他の2名の先生と3名の意見提示が終わった後に、研究協議に入った。
 まず出た話題。僕の意見提示中に出てきた「等加速度直線運動三大公式」の「位置の公式」のはじめの位置を明示する表示方法について(要は積分定数を書き込み、変位としては扱わない)から議論が発展し、「高校物理においての微分積分の扱い方」についての意見交換となった。
 現在物理はたいてい、2年生ではじめる。高校の数学では微分積分は3年生で学ぶ。力学のはじめのほうで、この等加速度直線運動を扱うことになるが、その段階では微分も積分も使えない。そこで(かどうか知らんが・・・)、教科書では天下り公式として紹介されている。
 さて、いろいろ意見があろうとは思うが、僕の取り組み方はこうだ。
  1.「位置と速度」の章で、v-tグラフを扱ったときに、「移動距離はv-tグラフの軸で囲まれた部分の面積」として、幾何学的に"面積"になることを示す。
  2.「天下り公式」として、三大公式の「位置の公式」と「速度の公式」を丸暗記させる。
  3.次に第三の「位置と速度の関係式」(←名前がないのでこう呼ぶ)を覚えた2つの式から連立させて解かせ、導かせた後、「毎回面倒なのでこれも暗記」とする。
  4.三大公式のv-tグラフを描き、1.の復習をして、位置の公式とグラフの面積を結びつける。
 とこんなステップを取っている。直接"積分"という言葉もインテグラル記号も出てこないが、概念的に積分を扱うため、視覚的にわかりやすい幾何学的な"面積"で扱う。
 この際、教科書的な変位というものを排除し、
  位置の公式 x=x0+v0t+1/2at2
  速度の公式 v=v0+at
  位置と速度の関係式 v2-v02=2a(x-x0)
というような形で「天下り公式」として暗記させる。はじめの位置x0をとりいれることで、4.でのグラフと式が結びつくところがいかにも積分を匂わせるのですごく配慮しているつもりである。生徒に言わせると、これに気づいたのは、3年生の夏休みの短期集中力学補習のときだったそうだが。まぁ、公式の2度覚えをしないですむだけ良しとしたい。
 さて、微分積分の関係は、波動のところでも出てくる。"傾き"という言葉で扱うのだが、いちいちグラフを描いてそこから考えるステップを毎回することになる。が、実はこれは非常に望ましいのではないかと僕は思う。
 波動は、動いているものを時間でとめたり、場所を固定したりしてグラフに描くので何度も描くことで動いているものをより扱えるのではないかと考えるからである。
 では、その他の数学との兼ね合いを考えてみる。
 まずは、「ベクトル」だ。
 物理では2年生のはじめに出てくる。数学ではちょうど入ったばっかり。つまり、物理の授業でベクトルの授業もする必要がある。物理を学ぶ上でのベクトルに制限して次の項目だけの説明にしている。
  ・ベクトルは向きと大きさを持った量(支点は決まっていないので平行移動できる)
  ・ベクトルの足し算(ベクトルの=は、支点を固定すると支点と終点が同じになるという意味)
  ・負のベクトルとは、大きさが同じで向きが逆のもの(ベクトルに引き算はない)
  ・ベクトルの分解(sinやcosを使ってx軸y軸に分解する→成分)
 分解の前までは1時間内ですむ。とくに、ベクトルはなぜ平行移動が可能なのかをしっかり抑えておくことで、今後に大きくかかわる。
 次に出てくるのが力のモーメントだ。
 こいつは非常に困った。本来の定義ならばM=r×Fの外積でないといけない。高校では数学で外積をやらないという理由(かどうか知らんが・・・)でかえって妙な定義で教科書では扱う。これでは、大学に入って再度定義しなおしになり彼らがあまりに不憫だ。そこで、僕は強引に外積を説明し、それを利用することにしている。
  ・ベクトルの外積は定義どおり教える
 はじめは戸惑うが、実は磁場のローレンツ力のところでも再度登場するのでこの段階でしっかり抑えておくのが望ましいと考える。昔のえらい人が言った言葉だったと思うが「どんな難しい事柄でも発達段階にあわせて説明すれば必ず理解できる」。ちなみに、外積は難しいとかそういうものではなく、定義だけなので教科書その他にのってないだけで、十分高校生で理解できると考える。実際、僕の生徒はモーメントの解き方が大学風だ。
 仕事の定義のところでは今度はベクトルの内積を扱う。
  ・ベクトルの内積として仕事を定義する
 そもそも「力のモーメント」だとか「仕事」だとかいう量は勝手に人類が決めた量なので「こういう量をそういう名前で呼ぶ」と定義として扱うことは違反ではないと思うからだ。
 内積はやはり、後に磁場のところでもまた登場するので、そのときも用いることができる。
 とここまでで疑問に思ったのではないか? 「なぜ、微分積分だけ教えることはせず、ベクトルの外積や内積をおしえるのか?」と。
 理由は簡単である。微分積分は「これが定義だ」というような簡単な扱いでは後々困ると考えるからだ。それに対して、ベクトルの外積や内積はというと、明らかに「そういうものを定義する」という類のものだと思う。なので、微分積分は別格扱いとなっている。
 最後に「弧度法」。波動の説明のときにいつもこの説明に2時間を当てている。
  ・弧度法は、ラジアンの便利さと歴史(ラジアンのほうがデグリーより先)に照らしあわせて天文学の知識も含め説明する
 ラジアントレビアーンと感じてもらえればしめたもの。円や楕円を扱うのによりすぐれているラジアンをなぜ数学でだいぶ後に扱うのであろう? と毎年感じる。
 物理学では高校の数学の難解な知識は必要ないが、手段として、道具として時に高校の数学を超える数学が必要となる場合がある。というか、昔は高校の数学でやっていた内容がいつのまにか大学に追いやられてしまったがために、高校の物理でのみ残っていると考えるほうがよいのであろう。
 いたずらに内容の削減をすることで、その影響は多方面にばっちり出ているわけである。幸い「教科書は最低限」というコメントがあるためアドバンスな内容として扱うことはできるので、ごまかさず、めんどぐさがらずに、扱っていかねばならないと思う。

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